アイカツスターズ 92話について

何度も死に絶えた感想ブログですが、アイカツフレンズが始まるということもあり前哨戦としてつらつらと駄文を書き散らしていこうと思います。

 

もう残り1クールすら残っていないスターズも終盤戦へと向かっていきます。

今回で発表されたアイカツランキング決勝戦の勝ち残り組はこの4人。これに関してはまあ妥当な展開だなぁと。

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この回では節分という事もあり行事ノルマが存在します、これに関しては中々上手く落とし込んだなぁと少し感心。

 

節分という邪を追い払う行為に自分の不安や不満を重ねる事で、終盤におけるキャラクター達の抱える感情整理となっています。

 

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ローラ→敗北した悔しい気持ち

真昼→気合を入れすぎる頑固な自分にさよならバイバイ(91話参照)

小春→弱気な自分

リリィ→無病息災

アリス→泣き虫な自分

あこ→恋愛

 

まあローラに関しては似たような展開を再三やらされているのでもはやお家芸と言った貫禄すら見受けられます。

 

あこに関しては恋愛絡みの悩みであり、唯一豆を鬼へ当て損ねるというコミカルを背負う描写となっていますが、単純に考えてアイカツランキングに参加していないand大女優になりたいという目標についての話を特に深く掘り下げられていない事からによるあこ THE 悲哀 ポジションでの当然的な帰結でありましょう。

 

その他の面々は何というか無難で可もなく不可もな内容と言った感じ、まあこれは内容というより行事ノルマとしての落とし所について評価したいと思います。

 

しかし、この場面とんでもない事に主人公である虹野ゆめは何一つとして不満を漏らす事は有りません。(言ってるのかもしれませんがカットされ我々の耳には何も入りません)あまつさえ、総括を始め「さっ…流石虹野ゆめ😭…」という雰囲気をバリバリ放ちます。(このシーン草陰から見ていたアンナ先生は"虹野"達が抱えてる様々な気持ちを〜と発言しますがその虹野の言葉は聞けません)

 

虹野ゆめを信仰しろ

 

特に2期におけるS4と化したゆめの扱いはこの原理の元にあると感じられます。

言い方が悪いかもしれませんがカ○ト教団の長であるような愛され方に異常な程の狂気を感じてしまいます。 

このことに関して、先日のラジカツに出演した監督である佐藤氏は「主人公である虹野ゆめを過保護に愛してしまう」と言った発言をしました。(ラジカツのアーカイブが既に無かった為ハッキリとこの発言をしたか記憶が定かでありません)

 

覚醒編終了以前の虹野ゆめというキャラはムカつく所もあるが愛嬌のあるキャラという雰囲気を保てていた様に思います。

 以後の彼女はあまりにも模範的な主人公、絵に描いたような善良なキャラという主人公すぎる主人公としての描かれ方に変わっていきます。皆んなを愛し、皆んなに愛され、色々な人に尊敬される、何かと先だって1番注目される主役そのものを体現する存在へ変貌したのです。

 

主人公としては当たり前の姿なんでしょう、しかし流石虹野ゆめ…という描写の供給過多すぎて市場はもう虹野ゆめしか売ってねぇ!状態なのが難点。

まあ徹頭徹尾このスタイルの主人公だったので、ある意味そこは褒めるべきとこなのかも知れませんね。

 

 エルザ・フォルテ

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何かと気持ちが不明瞭な今作の本当のライバルさん

 

この92話では決勝ランキング落ちして塞ぎ込んだ花園きららを鼓舞する姿を見せます。

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が、今までの描写ではVAの面々を辛く突き放すという態度(描写で本心でないと分かるが発言での本当の気持ちは語られていない)を貫いていたので今回の説教はこう気持ちや描写としての必然性は分かるが上手く飲み込めない違和感がありました。 

 

そんなエルザさんのバックボーンについて少しお話しを。

 

同じ子ども向けアニメでエルザと非常に似た例を2つ紹介します。

 

蓮城寺べる(プリティーリズム レインボーライブ)

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このべるという赤いモミの木少女は、RL(レインボーライブ)におけるライバルチームの主役の一人です。 

長々と語っても脱線するだけなので端的に紹介すると、「幼い頃から完璧性を求める母親に厳しい指導を受け完璧でいなければならないと精神を病み、自分も周りも傷つける悲しい性を背負った存在」そんな彼女も仲間たちとの成長で大きく変わるのですがそれは置いといて、エルザとの類似性はというと。

・母親という存在

エルザの母親はべるとは違い優しい母親と言った印象を受けます、しかし忙しく娘であるエルザのアイカツをまともに見れてない(エルザがそう思い込んでるだけの可能性)印象もまた見受けられます。母と娘の微妙なすれ違いがエルザの病質的なパーフェクト誇示に繋がってるのかと。

 

レイラ・ハミルトン(カレイドスター)

 

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同様に紹介すると「幼い頃にカレイドスター(サーカスショーの様な物と認識して貰えれば構わない)に憧れるも、母親を病気で失い、その反動で悲しみを隠す父親は仕事に明け暮れる毎日と化してしまう。そんな中父親に心配かけまいと強く完璧性を追い求め周りにも自分にもキツイ生き方を戒律にした少女」

作中では娘のショーに一切興味がない父親と父親に見てもらいたいが逆らえない娘の絶妙なすれ違いが描かれていますが割愛。

彼女も勿論仲間との出逢いで大きく成長します。

エルザとの類似点は勿論

・父親(母親)の存在

レイラの父とエルザの母は忙しく娘のショーを見てあげる事が出来ないという共通点があります。(まあエル母は元アイドルなので娘の気持ちは理解してる筈なのですが)

子供心として親に興味を持って欲しい無関心でいて欲しくないと言った悲痛なメッセージも共通点する所であります。

 

 

 

・で、この二例の比較がなんなのか

 他作品同士を比較したくはないのですが、分かってもらえた様に親と子の関係性に着目した時のエルザの説得力の弱さです。親子関係のズレが確執であるのにそこに対しての掘り下げが余りにも少なく、どうして彼女はその道を選んだか選ばざるを得なかったかという道筋が見えてきません。

優しい母親でありエルザの気持ちを理解出来ているだろう存在であるにも関わらず、忙しい故に娘は自分に興味が無いとズレてしまう。

多分エルザ・フォルテとはとんでもなく不器用な人間なのです。生き方超下手くそ女の子なのです。だから彼女が仲間から妄信的に持ち上げられて、説教までかませちゃうタフさには奇妙さがあるのです。

 

そう考えると虹野ゆめとエルザ・フォルテは出逢うべくして本当のライバルになったんだなぁとしみじみ、、、

 

 まあ他にも色々ありますが

「episode soloが時代に合わせて歌われてきたというなら、虹野達全員が知らないのは妙では」「虹野ゆめが小学生6年生の時にS4のライブを見たなら二階堂ゆずがメンバーに居るのは些か疑問」「そもそも26代S4での話が無さすぎてカタルシス0パーセント」

もはや茶々入れるのは野暮ってもんです。

 

残り少ない話数、虹野様を信仰してフレンズを待ちましょう。

 

ハイル・ニジノ、ハイル・ニジノ、ハイル・ニジノ、いあ! いあ! にじの ふたぐん!

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