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アイカツスターズにおけるアイカツシステムの考察

アイカツシステムの主な役割は、ドレスカードを読み込みアイドルをドレスメイクする事、観客をも巻き込むステージのイリュージョン演出でライブを盛り上げること。

過去作とも変わらず、大体なシステム構造はこの2つであろう。

しかし今作からは、どうもアイカツシステム自身に意識があるのではないかと疑われる描写が目につく。

 

 特に1期のテーマの1つとなった「覚醒問題」これに大きく関わりを持つのはやはりアイカツシステムに他ならない。

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作中で白鳥ひめが虹野ゆめに対してこのような台詞を放つシーンがある。

これに関しては「アイカツシステムには意識があるんじゃないのかな」というひめ個人の見解を比喩であらわしているだけなのかも知れない。

しかし、何故この2人が例の力を保有するに至ったかが、作中で語られていないために我々は想像するしかないのだ。

 実はこの事に関して二階堂ゆずが興味深い発言をしている。

「ゆめとひめからは同じリズムを感じる」

これまた比喩的な表現なのだが、同じリズムとは一体なんなのだろうか?

ゆずの天才的直感力が2人の内に潜んだ謎の力を誘発する何かを見抜いたのではないのだろうか。

しかし、この2人はこの覚醒問題を脳筋とも取れる力技で乗り切ってしまったのだ。

この事でアイカツシステムに選ばれるという問題も然程取り上げられる事なく、謎の力に取り憑かれってしまったという結果だけが残りシナリオは終わってしまった。

 

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そして、第2期である今作にてアイカツシステムに意識が存在する事が確定されたのだ。

今作のテーマである「ツバサ」これをアイドルに与えるかどうかを定めるのはアイカツシステムだとハッキリと明示されてしまった。

この事を踏まえると、やはりあの力をアイドルに与えたのはシステム自身なのではなのかと推測される。

では、何故このような試練めいた事をアイカツシステムが実行するのか。

 

ここからは私の想像による妄言となります。 

 

つまりは偶発的に四ツ星学園のシステムだけが自我を持ってしまったというのはどうだろうか。

アンドリューやマイクの様に偶然にも思考を得た機械だとすれば、この余りにも横暴な行動には納得がいくのではないのでしょうか。

グリッターやツバサは、アイドル達に与える正当な評価であり「ポジティブ」な感情であることが分かります。

何かを達成することで対価を与えるかというのはとても現実的なシステムであり、アイドル達の意識向上にも繋がる仕組みになっています。

しかし、あの力はどうでしょうか?自分の実力以上の力を引き出せる代わりに、精神的にも肉体的にもダメージを与えるそれは「ネガティヴ」な感情ではありませんか? 

何故、アイドルの為に存在するシステムがアイドルを追いつめるのか?

その答えはやはり自我の芽生えとしか考えられません。

機械が感情を得たらどうなるのかというSFの命題は共通して疑問という感情です。

このアイカツシステムもこの命題に則り行動を図ったとするなら納得がいきます。

自我を持ち、アイドルの可能性や限界を知りたいと思ってしまったのではないのかと推測できます。

感情が芽生えた彼は先ず、諸星ほたるに目をつけた。彼女ならアイドルとしての限界を超えてくれる存在になりうるのではという期待を込めて、彼女に対して力を与えて様子を見たのであろう。

そしてその試みは悲しくも失敗に終わった。彼が抱いた最初の疑問は1人のアイドルの人生を崩壊させるに終わったのだ。

悲しみに明け暮れた彼は、この試みを封印し、今まで通り、己のシステムとしての職務に従事したのであろう。そう、白鳥ひめと出逢うまでは。

 

この様に、考えれば何故システムがあの様な行動を図ったのか理解できます。

そして、この力は一種のウイルスの様な物で一度宿主に取り付くと、何処のステージのアイカツシステムを通しても発動します。
あくまで感染源が四ツ星というだけであり、他のアイカツシステムで非覚醒保持者が感染する可能性は0なはずです。(これにより別のアイカツシステムを介しても、能力が発現するのに説明がつきます)

 

つまりは彼の中で生まれた純粋な疑問がこの事の顛末だったという訳です。

そして、白鳥ひめはその試練を乗り越えて力を克服しました。この克服の方法が彼の想定していたものかどうかは分かりかねますが…ゆめに力を与えたのも新しいデータを得たかったからなのかもしれませんね。

この事から、何故彼女達があの力を得たのかという問題についての答えが「アイカツシステムの独断と偏見」だとハッキリ浮かび上がる事でしょう。 

 

つまり、感情を得た機械が起こしたアウトブレイクにより虹野ゆめや白鳥ひめ、諸星ほたるを巻き込む形になってしまったのが覚醒問題の本当の理由だと私は結論付けたいと思います。

 

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アイカツスターズ 52話について

○永遠の2番手 桜庭ローラ 

前回は面白いじゃない!と評価しましたが、今回はやはりか…と言った印象を受けました。

まあ一期と同じく柿原回以外がパッとしないやつですね。特に今回は「流石虹野ゆめ!」という周りの持ち上げが顕著に表れて居ます、仮にもS4なので周りから支持されるのは普通なんでしょうけど唐突感は否めません。

ひめトレの描写もそうなんですが、いつの間にゆめは空気イスを軽々と出来るようになったのか?など相変わらず過程をすっ飛ばしまくるのがこのアニメ。無駄な描写を省くのは悪い事ではありませんが、ここまで行くとキャラの成長を視聴者側が感じられません。これでは感情移入する余地など何処にあるというのか。

主人公ですから持ち上げられるのは仕方ないのかも知れませんが、しっかりとした根拠の元に成長を描いて欲しいのが願いです。

 

○今回の桜庭ローラのここが哀れポイント

⓵ エルザにdisられるも何一つ言い返しが出来ずにビビる、しかしゆめに擁護されると大いに喜ぶ

⓶他のキャラより、明らかに心に余裕がない

⓷VAに四ツ星学園のアイドルを奪われてたまるかと躍起になる(特にゆめを)、しかしゆめの気持ちは言葉とは裏腹にVAに惹かれつつある

④2番手キャラ感が凄まじい

⑤エルザの評価が歌唱力

 

やはりローラは異常なまでにゆめに固執していると考えられます。生徒会で燃えている姿やライブ直前でファンの事を考えようとゆめに諭されるシーンは滑稽で可哀想です。

過去の勝気なローラであれば、エルザにdisられても噛み付いたであろうが、今のローラはゆめの後ろに隠れる哀れな負け犬で本当に痛々しい。

悲しいことにゴーイングマイウェイという、言い訳の逃げ道を選択した時点で彼女は敗北の道に身を投げ捨てていたのでしょう。

 

○微妙なライブ

そして今回ライブの映像が酷い。一期の頃から多様する引きのカメラワークが目に余ります。引きアングルからアップ、遠くからの全体像、左から入ってキャラに、右から入ってキャラにという面白みに欠けたアングルの繰り返しです。これではダンスを見せたいのかキャラを見せたいのか意味不明。後、クラップ音が目立ちすぎてシュールギャグの領域に突入してます。

 

○エルザ達の評価

エルザ達の評価は「ゆめはひめを捕まえる為の餌」、「ローラは眼中にない」でしたが、ライブを見て手のひらを返し始めました。

正直、『まだまだこんな程度では私達の足元に及ばないわ』ぐらいの強気な態度でいて欲しいところではありました。ですが、『意外と面白くなりそうね』ぐらいの手のひら返しはまだ彼女達のプライドを感じられるので良いでしょう。

しかし、桜庭ローラに対する評価の仕方に釈然としません。確かに作中でもローラは「歌が好き」「歌が上手い」と会話で説明された事はありましたが、ローラが歌唱力で何か成した話はありません。

例えば、作中でローラが歌のコンテストで一位獲ったなんて話があれば納得出来るでしょう。でも、そんな話は存在しません。ですからローラの歌唱力が凄いと褒められても視聴者はピンとこないのです。

 

○52話の総評

期待感溢れる前話を台無しにするアイカツスターズらしい回

諸星ヒカルについて

諸星ヒカルとは?

アイドルアニメ「アイカツスターズ」に登場する四ツ星学園の重鎮であり学園長を務める男である。

そんな彼に対して、受けた最初の印象は同じアイドルアニメである「プリティーリズム レインボーライブ」の法月仁にそっくりだという事。(特に青い薔薇がその繋がりを濃くするものと思う)

初登場で早々、主人公が暴走するものなら切り捨てると取れる発言をしたのは中々にインパクトのあるものであった。

しかし、初めからこいつは悪い奴だぞーっと仄めかすキャラクターは実は良い奴でしたーと相場が決まっているので、そういう切り替えを含めて初登場の彼には期待のできる要素が多く物語を進める上でのキーパーソンの一人として期待していたのだが…。

そんな期待もどこ吹く風、現実は兎にも角にも卑劣であった。

彼は「アイカツスターズ」という作品が秘めた歪な二面性を体現する存在へとその姿を変貌したのだ。最早、諸星ヒカルはアイカツスターズの擬人化とも言うべき存在に他ならないであろう。

法月仁の様に作中のテーマに反するアンチ的存在でもなく、又それに相対する存在でもなく。宙ぶらりんにぶら下がる地に足の着かないキャラクターと称するに尽きる。

 そんな諸星ヒカルの綻びが見えたのは、夏フェス優勝者にはランチ一ヶ月無料と発言するシーン。今までの厳格な一面からは見えなかったギャップが其処にはありました。まあこれについては正直悪いとは思いませんが、問題はこの後にあります。

この男、学園祭でハジけます。それはもう今までのキャラクター性を瓦解させるには充分なレベルでハジけます。

ギャップの魅力については前作で藤堂ユリカや紫吹蘭がこれでもかという程叩きつけているのだが、この男の持つギャップは覚醒問題に対するシリアスな感情とお祭り事に関する熱い関心です。このギャップのかなりマズイ点は、シナリオの本筋に大きく影響するという事。

シリアスな顔をして、覚醒問題について触れていたかと思えば別の回ではお祭り楽しいーと叫ぶ男の姿を見て、我々視聴者はどの様な感情で見れば良いのか些か疑問である。(しかもこの2面性だけが強烈な為に、こいつ自分の学園の生徒の事本当に大事に思ってるのか?と思うのは一度や二度ではありません)

これが現実ならば良くある話であろう。仕事や日々の鬱屈した感情を好きな物に打ち込む事でストレス発散を行う。

しかし、これはアニメ、つまりは創作物な訳でこういう余計なリアリティは必要ないとはっきり断言します。(作品にはよりけり)
物語性を強め、ドラマ性を強め、視聴者を世界観に引き込むためには本筋に悪い影響を与える描写はするべきではありません。

そして悪い事に、この男の存在の見せ場であり恥を晒す場となる覚醒問題へと繋がっていくのです。

物語の核であった覚醒物語について、能力保持者であった虹野ゆめに対して取った彼の行動は試練を与えるという事であった。

試練を与えるというのは王道かつありふれた行為であるが此処である問題が浮上する。

この男、姉が以前覚醒問題に対面していたというの知っていただけで、原因や解決方法などを一切しらなかったのである。そんな彼は前例の白鳥ひめに習い、強引な戦法で虹野ゆめの治療にかかったのだ。(この事に関しては諸星ヒカルの作中の発言や結城すばるとのやり取りなど、どうしようないしこりを残すが書いてたらキリがないので割愛)

 まあつまり白鳥ひめはこの覚醒を努力というゴリ押しで乗り切ったらしいのである。では、何故あそこ迄に2人は対立したのか?

考えられる原因は簡単で白鳥ひめが諸星ヒカルの強引なやり方に関して気に食わなかっただけである。

これ見たまんまなんですよ、最初から最後まで二人には深い因縁があるように見せかけて見たまんまなんですよ。長い時間をかけた二人の因縁はドラマ性にかけた安易なオチだったという訳ですね。

 そんな彼の不安定さが、彼と敵対していた白鳥ひめとの関係を崩壊させ、更には覚醒問題の適当なオチに繋がってしまった要因の”一つ”だと思うと悲しい限りです。

 

詰まるもつまりシリアスとコミカルの融合が最高にアンバランスなアイカツスターズという作品を代表するに相応しい男であり、やはりこの男が学園長で良いのだろうと思う。これからもお祭り男宮川大輔には頑張って欲しいと願いを込めて終わりとする。

余談ですが、この男予算のやりくりを失敗して学園を潰しかけてるのです。これもまたシリアスとコミカルの混ぜ具合が下手くそな一例だと挙げておきます。

早乙女あこについて その1

「早乙女あこ」というキャラクターが抱えた悲哀は余りにも非常だ。

彼女が初めて登場したのは、第6話であり意外にも最初期から登場している。

その第6話から見て取れるあこというキャラクターは、今までのアイカツには居なかった「好きな男の子がいる」という女児アニメにはよく居た恋する乙女ポジションであった。

これは従来のアイカツという世界観には新しく、改めて新シリーズが始まったのだなと思わせる新鮮さがあった。(あおい姐さんにも初恋がどうのと言う回があるが一度切りなのでカウントしない事にする)

そんな彼女は恋愛敵になると感じた虹野ゆめに対して、敵意むき出しで噛み付くのだがそれがまた可愛いらしさを表現出来ていたのです。

そして猫属性というコミカルさも備え、場を賑やかせていく良い存在になっていくのだと期待せざるを得なかった。 

しかし、しかしだ。確かに作中を通して考えると彼女が一番、場を賑やかせるキャラだったであろう。作画にも恵まれ、ワチャワチャと動く様は非常にアニメ映えしたはずだ。

ポテンシャルで言えば前作のユリカ様に匹敵する程の彼女が何故、此れ程迄に悲愴感を秘めたアイドルになってしまったのか。

 

第一の悲運としては、なんと初登場が6話だと言うのに個人回を貰ったのは17話ときた。

(因みに香澄真昼は8話初登場で個人回は14話、これも実際遅いと思うのだが)

17話に至るまでのあこは、なんか目立つ奴がいる具合で目立つモブと言っても過言でないレベルの存在だった。

 そんな彼女に訪れた個人回の内容を簡単に紹介すると「大好きな結城すばるに夢中になりアイドルとしての仕事を完全放棄したが、吉良かなたからの助言により過ちに気づき反省する」という回だ。この回の内容については賛否両論あるが、後々の回を考えるとこの内容は彼女の成長に大きな影響を与えているので個人的には良しとする。 

では何故、この回が悲運なのかというと前述で仄めかす通りに個人回までの期間が空きすぎてしまった事にある。

まず個人回とはどういった理由で存在するのかと言うと、やはり視聴者にキャラクターの性格や感情を知って貰う単純な理由だ。これが新キャラと来たら尚更。

そんな中彼女が与えた空白は、新キャラに活気づいた視聴者のボルテージを冷ますには充分すぎた。

そして、この17話では料理バトルなる物が有るのだが…この時コンビを組んだ「七倉小春」の存在が彼女の悲運を更に加速させる原因になってしまう。

 

第2の悲運、「劇場版アイカツスターズ」の存在。これは早乙女あこに限らず、アイカツスターズというTVアニメに対しても、大きな呪いとして残るとんでも無い代物になってしまったのは言うまでも無い。

劇場版を一言で表すなら、まず間違いなく傑作だろうと思う、友情故の衝突を1時間にまとめた綿田監督による素晴らしい作品だ。                

そんな劇中、あこと小春は再びコンビを組みアドカツ(アドベンチャー活動)と称して、伝説のドレスを探すというちょっとした冒険をするシーンが箸休めの如く挿入される。

この二人のやりとりを見た人は、間違いなく二人を親友と呼ぶだろうし、私も勿論そう感じた。今後の本編でもこのコンビのやり取りが始まるのだろうと何の疑いもなく極自然に考えていた。

しかし、この期待を驚くまでに裏切るのがアイカツスターズというアニメの醍醐味だ。

何とこの二人、この後は何のやりとりもなしなのだ。は?アドカツってなんだったの?と己が目を疑う馬鹿馬鹿しい自体にまで発展してしまう始末。挙げ句の果てには、2期の布石として小春は退場してしまう。

せっかく獲得した親友さえ、奪われてしまう早乙女あこが悲哀でなくて何だというのか…しかし彼女の悲哀はこれには飽き足らず益々加速していくのであった。  

 

続く

アイカツスターズ 51話について軽い感想

まず最初に言っておくと、私は一年間を通してこの作品が史上最高に嫌いになりました。今後もネガティヴな意見が散見してしまう事は間違いないだろうとだけ書いておきます。

しかし、良い所は素直に良いと認める事も忘れないようと思ったので、良いなと思った部分や気に食わない部分を記録し、視聴時に何が引っ掛かりを残したのかを追求していく為に文章にして記録していくのを主体とし感想を書いていくつもりです。

まあ前置きはこれぐらいにして、本題である2期一発目である51話についての感想をば。

長々と話の内容を書いてもアレなので、ざっくりと良い点・悪い点だけ挙げます。

 

良い点

・話の入り方に新シリーズが始まったという爽快さがある

・2期の第1話と言う事もあり話の構成や見せ方が非常に良く、テンポも申し分ない為に純粋に続きが見たくなった

・新キャラを出し惜しみせずに登場させている

・OP、ED、エルザの持ち曲と楽曲が素晴らしい

・エルザは新しいCGモデリングという事もあり、劇的では無いものの改善されている&カメラワークがマシなライブ映像

・エルザというキャラクターのヴィラン性が良い感じに緊迫感を醸し出している

・S4になって一ヶ月が経過したと時間を飛ばす事で余計な描写を省いている

・早乙女あこが可愛い、緑トリオが出ている

 

悪い点

・OPのローラが余りにも酷い

・相変わらずリリィの扱いが謎

・幹部ローラが案の定周りから浮く

・CGモデリングは多少改善されているがアイカツ一期から二期の流れを思うと残念なのが正直な所

 

今回、見ていて直ぐに勘付いたがやはり脚本は構成の柿原さんが担当していた。一期の頃からそうだったが柿原さんが担当する回は、他の回など比べ物にならないぐらいに洗練されている。特に今回はそれが如実に現れており描写にも無駄が感じられなかった。だが、柿原回が良くても他が糞というのは前回で嫌と言うほど見せつけられたので安堵は出来ないのが難点。

まあ今回の脚本に関しての疑問は、リリィがまたよく分からん扱い受けてるなぁぐらいで全体を通して見ればよく出来ているなという印象しか感じなかった。

 

 然しながら、OP冒頭でのローラが目も当てられない程に痛々しく、最早目に毒。いつもの4人で唯一、彼女だけが幹部服を着て並び立つ姿は余りにも歪すぎる。何故、S4の服を着たゆめ・真昼・あこの中にゆずを入れなかったのかが疑問で疑問で仕方ない…冒頭にあるS4のシーンは普通にゆずを入れたら良かったのでは?と誰もが思った事でしょう。

ゆめとローラが通常ドレスを着て並ぶシーンや4人で私服を着て並ぶシーンがあるのだから、あのシーンに無理矢理ローラをねじ込む意味が何処にあるというのか。

作中でもローラは勿論幹部服を着ているので、主要キャラとの違和感を感じるのは避けられません。しかし、幹部は学級委員長レベルのもんだと考えれば多少なりマシになるでしょ、多分。

 

そんなこんなで始まった「星のツバサ」の第一話が予想以上に良かった為に自分の中で再び期待感が生まれたのだが、これもまた前回のように容赦なく叩き潰されるのだろうという確信にも似た懐疑があるので期待はせずに視聴しようと思います。

 

今回の結論、51話自体は普通に面白いが今後はどうなるやらに尽きる。